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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)9737号 判決

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、大阪地方裁判所執行官に対し、別紙物件目録記載の動産を引き渡せ。

第二  事案の概要

重松武(以下、「重松」という。)の債権者である原告は、別紙請求債権目録記載の仮執行宣言付支払命令に基づく強制執行として、重松の被告に対する貸金庫の内容物である別紙物件目録記載の動産(以下、「本件動産」という。)の引渡請求権の差押えを申立て、差押命令は重松及び被告に送達され、一週間が経過した(甲一、弁論の全趣旨)。

本件は、そこで、原告が民事執行法一六三条一項により、被告に対し、執行官への本件動産の引渡しを求めるものであり、原告は、右引渡請求権は、所有権又は重松と被告の間の貸金庫契約(以下、「本件貸金庫契約」という。)によるものであるという。

一  争いのない事実

本件貸金庫契約の成立

二  争点

重松は、被告に対し、所有権又は本件貸金庫契約に基づき、貸金庫の内容物である本件動産の引渡請求権を有するか。

第三  争点に対する判断

一  まず、第三者の占有する動産に対する強制執行は、その第三者が当該動産の提出を拒まないときに限って、執行官は、これを差し押さえることができるものであって(民事執行法一二四条)、右第三者が動産の提出を承諾しないときは、債権者は、動産執行の方法による強制執行を行うことはできず、債務者の右第三者に対する当該動産の返還請求権又は引渡請求権を差押え、債権執行の方法によって、右第三者に対し、当該動産を執行官に引き渡すことを求めることができる(同法一六三条)。

そして、民事執行法一二四条にいう「占有」とは、単に物に対する事実的な支配状態を指す「所持」を意味し、「自己のためにする意思をもって物を所持する」民法上の「占有」(民法一八〇条)とは異なる。

二  ところで、被告は、被告の営業店舗内に貸金庫を設置し、被告と貸金庫契約を締結している利用者は、右貸金庫の保護函(キャビネット)に書類その他の動産を格納できるのであるが、右保護函を開閉する鍵の一つは利用者が、他の一つは被告がそれぞれ所持し、この二つの鍵が揃って初めて保護函を開くことができることとなっており(弁論の全趣旨)、これらの事実によれば、被告は、右利用者とともに、保護函の内容物について、対外的に支配をしている状態にあって、右内容物を「所持」しているというべきであり、被告が、契約上、右内容物を知りえないこととなっているからといって、右「所持」がないとはいえない。

三  本件においても、被告と重松は、本件貸金庫契約を締結しているところ、原告の申立てにかかる、被告の貸金庫の保管函中の重松の本件動産に対する強制執行に当たって、被告は、本件動産を任意に提出しなかったため、原告は、重松の被告に対する本件動産の引渡請求権を差押えたうえ、本件請求をしているものであるが、被差押債権である右引渡請求権の存否については、所有権に基づく妨害排除としての引渡請求権であれば、被告が本件動産を「占有」しているか否か、本件貸金庫契約に基づく返還請求権であれば、契約上、そのような請求権が発生するか否かが問われなければならず、右「占有」は、前記民法上の占有であって、先に述べた「所持」とは異なるのであるから、被告が本件動産を所持しているからといって、そのことから直ちに、被告が本件動産を占有しているものとはいえない。

四  そこで、右引渡請求権又は返還請求権の存否についてみるに、本件貸金庫契約は有償であり、同契約では、被告は、その設置した貸金庫を安全な状態に保って、契約者に保護函を利用させ、その開閉に協力する義務はあるが、契約者が保護函に格納する物については全く関知せず、保管責任を負わないこととなっている事実(弁論の全趣旨)によれば、本件貸金庫契約は、保護函の賃貸借契約であると解され、また、被告は、保護函内の内容物について占有を有しないし、契約者に対しては、保護函を利用させ、右開閉に協力する義務(当然貸金庫への立入りを認める義務を含む)を負ってはいるが、それより進んで、被告が契約上、右内容物の返還義務を負っているとまではいえない。

前認定のように、被告は保護函の鍵の一つを所持しているが、右契約内容及び契約者も鍵を所持し、二つの鍵が揃って初めて保護函を開くことができる事実に照らすと、それは保護函の安全性の確保のため以上のものではないと解されるから、被告が右鍵を所持していることをもって、保護函の内容物を被告が占有しているものとはいえない。

五  そうすると、重松は被告に対し、所有権又は本件貸金庫契約に基づく本件動産の引渡請求権又は返還請求権を有せず、これらの被差押債権は存在しないのであるから、その差押債権者としての原告の本件請求は理由がない。

よって、原告の本件請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

訴外重松武及び被告(心斎橋支店扱い)間の貸金庫契約に基づき被告が預かり保管中の貸金庫内の左記動産

1 現金

2 株券など有価証券

3 貴金属

請求債権目録

渋谷簡易裁判所平成五年(ロ)第四四七三号事件の仮執行宣言付支払命令に表示された左記金員

(1) 請負代金 金一六一六万四五九四円

(2) 遅延損害金 金六七八万九一二九円

右(1)に対する平成五年四月二四日から平成六年六月一七日まで一日あたり〇・一パーセントの割合による遅延損害金

(3) 督促手続費用 金四万七三一一円

仮執行宣言申立費用 金二八五五円

(4) 執行費用

内訳

本申立手数料 金三〇〇〇円

資格証明書交付手数料 金一六〇〇円

差押命令送達料 金二二六〇円

本申立提出費用 金五〇〇円

合計 金七三六〇円

合計 金二三〇一万一二四九円

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